8月に入って仕事は一服です
でもこういうときにどう次に備えることができるかが自営業者としてやっていけるかの境目だったりします
で、久々に読書
企業はネットワークのハブである、という視点が僕には新鮮だった
僕が付き合う企業は零細が多いから
会社=社長 という見えしかしない場合が多いんだよね
だから社長が中心やハブには見えることがあっても
会社がハブとか場にみえるという感じがないんだよね
最近感じていたことがあってこの際に書いておく
僕は結婚して彼女と生活も仕事も統合してしまった
これでいろいろなことが変わったが仕事の仕方はすっかり変わった
まあ稼がないとという脅迫というのは大きいのだけれど
それはともかく
仕事をする上で自分の能力や営業範囲が数倍に拡張された感じがする
互いのスキルやいままで培ってきたネットワークが折り重なってシェアできた
このシェアされたものを一つの何かとして世間はみなしてくれるようになったという言い方もできる
ちょっとまえの内閣府の調査で年収300万円が結婚できるできないの境目になっているという結果がでたそうだ
僕自身も結婚するまでは稼ぎがないから結婚なんてできないと思っていた
だけどね
結婚してみたらなんと仕事が増えてしまったんですね!
僕の仕事の仕方
そしてそれに補完して相乗効果がでるようなすてきなお嫁さんに巡りあえたという幸運だともいえるけれどね
一番のポイントは生活も仕事も渾然一体化させようという決心にあるんだよね
でもこのありかたって50年前以前は普通じゃないかな
もちろん分業はあったとおもうけど互いが外でどんな仕事をやってるか?家庭や近所でどんな苦労しているか?みたいなことが全然見えないという関係ではなかったとおもう
ましてや共働きで日中家は空っぽとかね、ありえないだろうね
緩やかな分業と同時に互いが何をやっているか理解しようとする思いやりの姿勢
その姿勢を続けていく結果、自分のできることもすこしずつ増えていって分業の柔軟性が上がっていく
こういう関係性を作らないと結婚する楽しみはないなあと僕は思っている
そうじゃなかったらやっぱり稼ぎないから結婚できないなあという結論になっちゃう
結婚はそんな静的なことじゃなくてもっとダイナミックで創造的なこと(子供育てる以外でもね)にならなかったら
窮屈なだけだよね
僕は結婚は企業するのと同じぐらい創造的なことだと言いたい
(うん、まあ企業とかしたことないからよくわからないんだけどね)
念のため言っておくと
仕事というのはお金を稼ぐ手段という面があることはそのとおりだけど
本質的には家族以外の人たちから自分の存在を認めてもらうこと
必要とされているということを実感するということだからね
結婚することで互いの存在を認め合うことは当然だけれど
その上、一緒に仕事をすることで社会から僕達の存在を認めてもらうのだ
これが幸せなんじゃないかと感じている
(案件のたびにミニ披露宴やるようなもんですよ、まだ実際の披露宴はやってないんだけど)
原理的にその人がその瞬間その場所でできることは、その人にしかできないことだ
だから僕達のあらゆる行動は何がしかの価値を有している
僕はこれだけ信じてやってきたがそれでなんとかなっている
でもそれを糧に変える術を持たないとやっていけないんだけどね
これは四六時中考えないとね
企業風にいうとマネタイズってやつだね
なかなか楽しいよ
くるしいけど笑
何が言いたいのかわからなくなってきたけど
もうすこし働き方というか糧の得方がバラエティーに富んでいいとおもう
ひとつの方法で十分な量得られないなら合わせ技でもいいしさ
そうしたらもうすこし気楽に生きられるんじゃないかなあ
法律を変えればいいのか教育が変わればいいのかわからないけれど
とりあえず僕にできることはこのやり方で楽しそうに生きることだね
めでたしめでたし
(なにが?)